『アメリカ紀行』(千葉雅也著)レビュー
千葉雅也氏の『アメリカ紀行』は、単なる旅行記ではなく、哲学者ならではの視点と知的考察に満ちたエッセイである。2017年から2018年にかけて、ハーバード大学ライシャワー日本研究所の客員研究員としてアメリカに滞在した著者が、その体験を綴っている。本書には、異文化との遭遇の驚きや戸惑いだけでなく、日々の些細な出来事から深い思索へと誘う視線が貫かれている。 まず、本書の魅力は、その描写の繊細さにある。アメリカでの暮らしの中で目にした風景や、日常的なコミュニケーションの違いが、まるで映画のワンシーンのように鮮やかに描かれる。たとえば、英語の「How are you?」といった形式的な挨拶が、日本語の「お疲れ様」とは全く異なる文化的背景を持つことに気づく場面などは、読者にも共感を呼ぶだろう。こうした細かな気づきの積み重ねが、本書の随所に散りばめられている。 また、千葉氏の考察は、単なる「異文化理解」にとどまらず、哲学的な洞察へと発展していく。日本の「おもてなし」の文化が、実は「他者の荒れ狂いを鎮める儀礼」としての機能を持っているという分析などは、日頃何気なく受け入れている社会の仕組みを改めて考えさせられる。旅先での何気ない出来事が、哲学的思索へと変貌する瞬間が、本書の大きな魅力の一つである。 さらに、本書には千葉氏の個人的な感情も率直に綴られている。異国での孤独や、日本との距離を感じる瞬間など、読者も自身の旅の記憶と重ねながら共感する部分が多いであろう。哲学的思索と個人的な感情のバランスが絶妙であり、学術書のように難解にならず、それでいて知的刺激に満ちた文章が心地よい。 『アメリカ紀行』は、海外滞在経験のある人はもちろん、異文化に興味がある人、そして千葉雅也氏のファンにとっても必読の一冊である。旅を通じて世界を眺め、思索を巡らせる喜びを味わいたい人にぜひおすすめしたい。 アメリカ紀行 (文春文庫) [ 千葉 雅也 ] 楽天で購入